「音楽業界に就職したいあなたへ」──家の床の上でゴロゴロしながら考えてみませんか?

「音楽業界の仕事を探してみよう」と思ったあなたが最初に出会うもの
音楽が好き。
だから、音楽に関わる仕事をしたい。
この思いは、まっすぐで、何よりも尊い。
でもその気持ちを抱えたまま「音楽業界 就職」と検索してみると──不思議なことに、たくさんの“親切そうな情報”があなたを待ち構えています。
そこには「音楽業界の職種一覧」「向いている人の特徴」「将来性」など、整った言葉とレイアウトが並び、まるであなたの不安を先回りしてくれているかのようです。
でも、ちょっとだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
これを書いている人たちは、本当に音楽の世界を知っているのでしょうか?
いや、もっと言ってしまえば──音楽、好きなんでしょうか?
「人材会社の皆さん、音楽の何をご存じで?」
この検索結果のほとんどは、人材紹介会社が運営しています。
彼らはあなたに情報を与えているように見えて、実際には「あなたを企業に紹介することで報酬を得る」ビジネスをしています。
つまり彼らにとってあなたは「文化を愛するひとりの若者」ではなく、「マッチングの対象者」なのです。
でもね、そもそも不思議なのです。
彼ら(人材紹介会社)はいつから、音楽の何たるかを語れるようになったのでしょう?
舞台袖で演者が吐きそうになっていた光景を見たことはあるでしょうか?
真冬の地方ツアー、駅前のビジネスホテルでメンバー全員が缶詰になりながら音合わせをしていた日々を、知っているでしょうか?
音楽の世界は、泥と夢でできています。
にもかかわらず、職種紹介や“キャリア形成”を語るその言葉には、泥も夢も見えません。
あるのはただ、「わかりやすさ」と「耳障りのよさ」だけ。
彼らがそこに“本物の温度”を載せられないのは、文化芸術に対する教養や関心、つまり「文化資本」が欠けているからだと、私は感じています。
銭ゲバと文化軽視の先に、国はどこへ向かうのか
人材ビジネスを動かしている人のすべてが悪意を持っているわけではありません。
ですが、その多くが「いかに売れるか」「どうすれば短期間で年収を上げられるか」という視点から、動いています。
その視点のなかに、文化の継承や芸術に携わる労働の意味は、ほとんど登場しません。
手段を選ばず収益を最大化する。
その合理性は一見して立派です。けれど、その積み重ねが社会全体に与える影響は決して小さくありません。
文化や芸術を「どうにかして食っていく道」ではなく、「ちゃんと生きるために残すべきもの」として扱わない社会は、長い目で見れば国力を削っていきます。
「音楽が好きな人を、好きなまま生きさせる」
それができない社会は、いずれ音楽を失うのです。
いったん、家の床でゴロゴロしませんか?
ここまで読んで、「なんだか重たい話になってきたな」と思った方もいるかもしれません。
その感覚、とても正しいです。
だから、ここでご提案です。
いったん、家の床でゴロゴロしませんか?
なにも焦って「自分らしい働き方」とか、「文化を守るキャリア」とか見つけなくてもいいのです。
たとえば家でラジオを流しながら、詩集を読んでみるとか。
好きなアーティストのライブ映像を、だらだらと観るとか。
週末だけ友達とアンサンブルを組んでみるとか。
音楽を“仕事にしないまま愛する”生き方だって、立派な文化活動です。
そしてそのなかで、「やっぱり関わりたい」「表現の現場に身を置きたい」と思ったとき、ようやくそこで「情報を選びに行く」──それで、十分間に合います。
就活で疲弊することはありません。
文化は、“焦って決めた進路”から逃げた人の中にも、生きています。
文化を守るのは、肩書きではなく態度である
最後に、大事なことをもうひとつだけ。
文化や芸術というのは、「文化的な(税金対策で文化事業を行っている)企業に勤めている人」が守るものではありません。
「文化的な生活を選んでいる人」の数で支えられています。
人材会社に紹介されていなくても、文化に関わる道は無数にあります。
もっと言えば、職業としての文化従事者にならなくても、日々のふるまいや趣味や会話のなかで、「文化的な態度」を持つことはできます。
その一つひとつが、長い時間をかけて、この国の文化の厚みになっていくのです。
だから、あなたが「音楽業界に入りたい」と思ったことは、それだけで既に価値がある。
焦らなくていい。
情報に飲み込まれなくていい。
人材会社の声に従わなくてもいい。
まずは、音楽と一緒に、家の床でゴロゴロしてみましょう。
それが、思っている以上に、(良い意味でも悪い意味でも)あなたを遠くまで連れて行ってくれるでしょう。
名古屋の音楽教室
株式会社ナージ


