就活の軸が「身近なもの」になるとき、人は何を見ているのか

「学生時代、文房具が好きで……」
「旅行が趣味なので、旅行業界に……」
「幼い頃からこの店に通っていて……」

就活のエントリーシートや面接でよく見かける、“身近に感じていたから”志望するというパターン。これが悪いというわけではありません。むしろ、人間としてとても自然なことだと思います。慣れ親しんだもの、愛着のあるものに携わることで、仕事に対するモチベーションが湧く——それは確かに健全な欲求です。

だから、文具業界や旅行業界、雑貨を扱うような小売業は毎年根強い人気がありますし、楽器業界も同様です。「小さな頃から吹奏楽部でお世話になっていた楽器店」「コンサートの帰りに必ず立ち寄っていたCDショップ」そんな記憶が、学生たちの志望動機を支えています。

ですが、それと同時に、その“志望動機のあり方”が生む構造的な問題も、見えてきます。


人気業界ほど、採用に困らない。だから労働条件が良くならない。

人気業界は、言い換えれば「人が黙っていても集まる業界」です。ブランド力、親しみやすさ、聞き覚えのある社名……そういった“わかりやすさ”を持っている企業には、応募が殺到します。

すると、どうなるか。
企業側は、待遇を改善して人材を引きつける必要がなくなるのです。

たとえば、ある大手文具メーカー。知名度は抜群、学生からの人気も高い。でも、実際の給与テーブルは決して高くない。働き方も昔ながらで、部署によってはなかなかの長時間労働です。旅行業界や楽器業界も例外ではありません。“夢のある商材”を扱っている業界ほど、労働のリアルは泥くさく、報われにくい。

そしてそれを、学生たちはなかなか実感できないまま選考を受けていきます。だって「好きなものに関わる仕事がしたい」という美辞麗句は、そのままESに書いても自然すぎて、違和感がないから


音楽業界に多い、「身近なもの語り」のテンプレ化

特に音楽業界では、この“身近なもの語り”がテンプレート化しています。

たとえば、楽器小売店を志望する学生のESにはこうあります。

「小学生の頃、初めて買ってもらったクラリネット。壊れたときに親切に対応してくれた店員さんのことが忘れられず…」

そこに嘘はない。でも、それは本当に「就職」の話だろうか? ただの回想になっていないか?
そして、もっと気になるのは、こういう言葉が、企業側に“心地よく”受け取られてしまう構造の方です。

「お客様の立場を知っている」「音楽のある生活を支える仕事がしたい」
——一見して志が高く見える言葉たち。でも、それは単なる「接客業」への美化ではないのか。

こうしたきれいな言葉を並べる能力は、確かに社会人基礎力のひとつ。誰も教えてはくれないけれど、ESや面接で合格するには、いかに“キレイに包装できるか”が問われる。

ただ、それを全否定するつもりもありません。だって、包装する力がないと、真っ当なことを言っていても落とされるのが就活という場だからです。誰もがプレゼン能力を磨かされる。例外は、ない。


でも、きれいな言葉が必要ない会社こそ、本当に“良い会社”かもしれない

仮に、面接でうまいことを言わなくても採用される会社があったとしたら。それは、本当に“中身”で判断してくれる会社なのかもしれません。

たとえば、不人気と呼ばれる建設業界。女子学生にとっては馴染みの薄い業界ですが、実は事務職で入れば待遇も悪くない。現場ではなく、内勤で長く働くことも可能。
派手さも人気もない。けれど、「きれいな言葉」を並べて高い競争を勝ち抜く必要は、意外と少ない。(一部の大手企業は除く)

社会の“穴”をつけば、意外なうまみがある。
就活とは、本来そういうゲームだったはずです。


「生活を支える」「文化を広める」——それって、本当?

音楽業界や小売業界では、「人の生活を支える」「音楽文化の発展に貢献したい」など、理想的な言葉が頻出します。

でもその内実は、営業ノルマと客対応に追われる日々だったりする。

「生活を支える」という言葉の中身は、売上を支えるという意味とほぼ同義であることも多いのです。

もちろん、それが悪いことだとは言いません。仕事というのは、だいたいどれも泥くさい。でも、泥くさいことを泥くさいまま語れない社会になってしまったのは、ちょっと息苦しいなと思うのです。


さいごに:「身近だったから」は悪くない。でも、それ以上を見てほしい

「身近だったから」という志望動機を、私は否定しません。
実際、多くの人が身近な何かに支えられて育ってきたし、そういう記憶が原動力になるのは自然なことです。

でも、“それだけ”で志望するのはもったいない。
世の中には、「自分の言葉が通じる場所」や「余白が残っている業界」が、意外とたくさんあるのです。

もしあなたが、「人と違う道を選ぶのが怖い」と思っているなら、それは自然なことです。でも同時に、「みんなと同じ道に進めば安心」という感覚が、業界の構造的ブラックさを見えにくくしているという現実も、頭の片隅には置いておいてほしい。

“きれいな言葉”に囲まれた世界で、あなたの言葉だけが本音を失ってしまわないように。


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